さくらももこさんの癌の「民間療法」への反応を見渡すと,考え方の視野が広がる
  1. 「民間療法」という言葉が,Twitterでトレンド入りしていました。

何事かと思ってみたら,先日53歳の若さで逝去されたさくらももこさんが,。民間療法を選んでいたという話でした。
そして,いつものようにTwitterでは,両極端の意見が繰り広げられ,次第にそのバランスをとる意見がだされながら収束していくのでした。

これら一連ののTweetを追っていくと,私自身の考え方の視野がひろがるのを感じました。

「まーた民間療法か!」という人には,「だってスティーブ・ジョブスも小林麻央も民間療法でだまされたんダ!」という思いがあります。

「民間療法だからって,だめっていうな!」という人には,
「辛かったら民間療法を選ぶことだってある」
「さくらももこさんは,自分でちゃんと調べる人だった。簡単に騙されたんじゃない。」
「民間療法とむきあうのも個人の生き方だ。民間療法をわるくいうな」

というような思いがあります。

さくらももこさんの場合,一度標準治療を受けて抗がん剤治療を行っており,それが再発したことと,抗がん剤による副作用がつらかったことがあり,自ら民間療法を選んでいます。

あやしい「インチキおじさん」が登場してきて,だました,という簡単な図式ではありません。

 

どちらにも言い分はあります。

親しい人が,だれかに民間治療をすすめられ結果手遅れになってしまった,というような経験を持つ人は,「民間療法」という言葉そのものに反応するでしょう。

また,民間療法を受けて,その結果無くなったさまざまな有名人のニュースによく触れる人たちは,「怪しい」という思いを抱くでしょう。

そのような回路が脳の中にできているわけです。

 

これら,いわば両極端のtweetはしばらくは錯綜していますが,専門の方のTweetが流れてきたりして,感情論がだんだん根拠のある論争へとかわっていきます。

そこで,「なるほどな,さくらももこさん自身がそのような生き方を選んだんだ。民間療法を選択するのも人の生き方のひとつ。他人がとやかくいうことではない。」という考え方も出てきます。

しかし,

「いやいや,標準治療でなおらないものは,民間治療でもなおらない。

なおるなら,とっくに膨大な臨床実験を積み重ねている科学の方からそちらに踏み込んでいる。

だから,民間治療に行くというのは,生き方の選択というようなものではなく,弱さに付け込まれてオレオレオ詐欺にだまされるのとかわりない。」

という視点もあります。

 

さらに視点が増えていきます。投資のリスク分散がからんでくるのです。

「民間投資一択というのはリスクが高い。標準治療と並行してやるのがリスクの分散だ」

独特な視点ですね。

 

また,

「そもそもスティーブ・ジョブスが民間療法に頼ってなくなったことが「悪い」というとらえ方はどうしてだ。民間療法や標準治療云々以前に,生きてなきゃ悪いのか。」とうい死生観があります。

 

だらだらと上げてきましたけど,自分をどの視座にたたせるかで考え方が180℃かわる。

人間には,価値観が一人一人違い,そこから生まれる考え方にもその人なりのパターンがあります。

今回でいえば,「民間療法」と聞いて一瞬で,さまざまな考え方感じ方をシミュレートしてから私の考えを導くというのはなかなかできるものではなく,普段の「脳の考え方のくせ」のようなものである程度さっと答えを出します。
パターンに縛られているのです。

しかし,Twitterで何かがトレンドになったとき,それらのTweetをずっとと順番に見ていくことは,自分の中にある考え方の癖から生まれるパターンから,すっと自由にしてくれます。

「目からうろこ」のような考え方をしているTweetに出会ったとき,それは自分の考え方の幅がぐっと広がったときです。

 

コーチングの場合は,コーチの質問によりクライアントは思ってもみなかった考えを自らの口から出すのです。出した瞬間に,それはだれでもない自分のだした考えになるのです。

 

考えが堂々巡りをしてそこから逃れられなくなる時,Twitterのトレンドをずっと追っていくのもいいかもしれませんね。「あっ!」というような視点のTweetを見つけることができるかもしれません。